マツノート

読書が好きな理系大学院生による書評ブログです.

予測にいかす統計モデリングの基本 ー ベイズ統計入門から応用まで

先日,以下のような@icoxfog417さんによる論文の紹介を読みました.

そこで,今回は統計モデリングのおすすめ本を紹介したいと思います.

それが, 樋口知之著「予測にいかす統計モデリングの基本 ー ベイズ統計入門から応用まで」です.本書は,確率やベイズの定理といった基本からスタートします.そこから,状態空間モデルによる予測モデルの構築と,粒子フィルタを用いた予測値の計算方法へと続きます.そして,応用例として,ある飲食店の売り上げデータの解析・予測例が書かれています.本文は図がたくさん載っているのに関わらず150ページ弱と分厚い本ではありませんが,本のタイトルの通り,統計モデリングが入門から応用まで一冊ですべてわかるようになっています.

 状態空間モデルを用いた予測モデルの構築は,ドメイン知識を活かしやすいという利点があります.例えば飲食店の売り上げデータの場合,「曜日による周期性がある」「雨が降ると売り上げが落ちる」といった経験や勘をモデルに組み込むことができます.これらによって構築された予測モデルは,予測値の解釈も容易です.これは,予測結果の解釈が難しい機械学習による予測モデル(特にDeep系)にはない大きな利点だと思っています.

この本を読めば,統計的モデリングによる時系列解析・予測を自分で行うことができるようになります. 

予測をしてみたい,予測モデルを作ってみたいという方は是非読んでみてください.

予測にいかす統計モデリングの基本―ベイズ統計入門から応用まで (KS理工学専門書)

予測にいかす統計モデリングの基本―ベイズ統計入門から応用まで (KS理工学専門書)

 

より詳しく知りたい方は,こちらの論文もおすすめです.

状態空間モデルを用いた飲食店売上の要因分解 : 山口類, 土屋映子, 樋口知之

オペレーションズ・リサーチ : 経営の科学

https://www.ism.ac.jp/~higuchi/index_jp/OR-04-Yamaguchi.PDF

 

 

藤沢文学の出発点 ー 藤沢周平「暗殺の年輪」

藤沢周平著「暗殺の年輪」 

藤沢周平「暗殺の年輪」(文春文庫)は,直木賞受賞作「暗殺の年輪」など,藤沢氏が文壇に登場してから2年の間に発表された作品のうち5篇を収録した本です.
私が藤沢氏の作品を読むのは,「蝉しぐれ」に続いて二作目です.「蝉しぐれ」を読んだとき,端正な文体でとても美しい作品だと思いました.しかし,同時に美しいものの地味だなとも思いました.当時の私には藤沢文学の滋味を十分に味わうことができませんでした.そのため,しばらく藤沢作品からは離れていました.今回本屋さんでたまたま目に入ったため,久しぶりに読んでみようと思いました.
 
読んでみて,驚きました.こんなにおもしろいのか,と.
端正な文体が作品に静かさとともに鋭さを与えており,常に独特な緊迫感があります.緊迫感が私を掴んで離しませんでした.そして,そのまま徐々に藤沢ワールドに引き込まれました.
気がつけば5篇の作品を一気読みしていました.
 
5篇のうち,1番のお気に入りは晩年の葛飾北斎を描いた「溟い海」です.
物語の開始時点ですでに北斎は「富嶽三十六景」を発表済みであり,世間には人気作者として認知されている存在です.
しかし,彼の名声は将軍家斉の前で席画を描くときに鶏の足の裏に朱肉を塗り,絵の上を歩かせることで紅葉を表現するなどといった意表を突くパフォーマンスのもとに成り立っていました.世間では人気のあった北斎も,画壇では異端児扱いされ認められていませんでした.画壇側の人物である,版元の新兵衛にとっては醜悪にさえ見える人気取りに北斎は駆り立てられていました.しかし,北斎にとっては,単なる人気取りではなく「四十を過ぎてなお無名だった男が,世間を相手に試みた必死の恫喝」でした.
なぜ,このようなことを北斎はしたのでしょうか.それは,北斎が幼少期のころ鏡師である中島家に養子になっていたとき,養家の両親が好人物だったのに関わらず家を飛び出し裏切ってしまった過去の暗い記憶があること,また絵師としての名声は「江戸の片隅の鏡研ぎ師の,律儀の日々の営み以下のものでしかないという思い」が北斎にあるからだと思います.つまり,鏡研ぎ師として月並みな生活を送ることをやめ,スピンアウトして絵師になった北斎には世間に対する反感や憧れ,そして孤独感があったのではないでしょうか.文中に出てくる,北斎の「内部の暗い咆哮」とは,社会の一員として認められたいという強烈な願望ではないかと思います.
 
そんな北斎にとって,その名声を脅かす作品が誕生します.歌川(安藤)広重の「東海道五十三次」です.東海道五十三次が大ヒットし,自身の新作「富嶽百景」が不評という結果となりました.これは風景画を看板に掲げている北斎にとって大きな衝撃でした.また,版元からのある風景画の依頼が北斎ではなく広重にいったことを知り,自分の名声を守るため広重を襲う計画を立てます.しかし,寸前で計画を中止します.それは,一人で歩いている広重の顔が陰惨であり,打ちひしがれていたからです.北斎は広重も自分と同じ孤独を感じながら生きていると感じたのではないでしょうか.広重も自分と同じ思いをしてきたのだ,と.
 
物語は,北斎が計画を中止したあと,自宅で海鵜の絵の背景の海を描くシーンで幕をおろします.背景の海が「明けることのない,溟い海であることを感じながら」たんねんに絵を描く北斎には,この先広重の活躍により名声が落ちていっても,自分なりの絵を描き続けていこうとする絶望と諦めの中の新たな出発を感じました.
 
北斎の複雑な心情がとても丁寧に表現されていて,読者を引き込みます.また北斎以外にも多くの登場人物が登場しますが,それぞれが作品に深みを与えている,とても巧緻な作品です.
是非手にとってみてください.
 

 

新装版 暗殺の年輪 (文春文庫)

新装版 暗殺の年輪 (文春文庫)

 

 

 

落日燃ゆ ー 城山三郎

城山三郎著「落日燃ゆ」 

この作品は,城山氏のもっとも有名な作品の一つではないでしょうか.
外交官であり,戦時中には総理や外務大臣を務め,そして戦後の極東国際軍事裁判で文官でただ一人処刑された広田弘毅を描いた作品です.
 
広田は決してエリートコースを走ってきたわけではないですが,外交官時代にソ連との国交回復に貢献するなど着実に実績を上げて,遂に閣僚となりました.彼が外相や首相を務めたときは日本が戦争へと突入していく時期と重なります.広田は日本が戦争へと突き進んでいくのを食い止めることに奔走することとなります.
 
作品中では,広田の心情が描写されることはほとんどないです.しかし,軍部は統帥権を振りかざし暴走していき,世論は戦争に傾いていく中で,なんとか開戦を回避しようとする広田の苦悩は想像に難くありません.停戦・和平が絶望的な状況になっても,なお諦めず知恵を絞り,粘り強く行動する姿には胸に迫るものがありました.
 
広田弘毅の生き様に深い感銘を受けるとともに,再読したいと思わせる作品です.
城山作品の入門として,いかがでしょうか.
私は,城山氏の作品の中でも,特にこの「落日燃ゆ」と村上水軍のリーダーである村上武吉を描いた「秀吉と武吉」.そして,幕末の尾張藩主・徳川慶勝が主人公の「冬の派閥」の三作が好きです.三作とも主人公が時代の荒波に揉まれながらも粘り強く努力を重ね,自分の信念を貫こうとする姿に心を打たれるからです.
城山氏がテーマとして取り上げることを好む「気骨のある人」とは、まさに彼らのことだと私は思います.
 
落日燃ゆ (新潮文庫)

落日燃ゆ (新潮文庫)

 

 

秀吉と武吉―目を上げれば海 (新潮文庫)

秀吉と武吉―目を上げれば海 (新潮文庫)

 

 

冬の派閥 (新潮文庫)

冬の派閥 (新潮文庫)

 

  

燃えるだけ燃えよ ー 本田宗一郎との100時間

 人間・本田宗一郎に魅了されます.

 

城山三郎著「燃えるだけ燃えよ ー 本田宗一郎との100時間」は「世界のホンダ」を創った本田宗一郎の魅力を余すことなく伝えてくれる人間紀行です。

本の前半は当時76歳の本田さんに著者が100時間の密着取材を行った模様が,後半は本田さんの半生が書かれています.

この本を読み,本田さんの人柄や考え方を伺うにつれ,本田さんがなぜ一介の技術者にとどまらず,「世界のホンダ」を創り上げるに至ったかがわかります.

いい物を作りたいという情熱,日本一,世界一を目指す強い信念,藤沢武夫さんという素晴らしいパートナー…いろいろな要因があると思いますが,一番は人の心がとてもよくわかる人間だったからではないかと思います.

お客さんの心がわかるから,こうすればなお喜んでもらえるのではないか…となる.社員の心がわかるから,社員に厳しいことをいっても社員がついてくる.だから本田さんの指揮の下,一丸となってホンダは大きくなっていった,そんな気がします.

本田さんが二十代の頃独立し,自動車の修理屋をやっていたときのこと.ただ修理するだけでなく,故障の原因を十二分に説明し,きれいに磨き上げ,納期はきちんと守る.そこまでしないと修理をしたとはいえないーこの考え方には,のちのホンダの萌芽があると思います.

この本を読んで,すっかり本田さんのファンになってしまいました.

是非読んでみてください. 

 

 

 

 

初投稿

はじめまして,AI_dragonです.

読書が好きな理系大学院生です.

特に,城山三郎さんの作品を愛読しています.

 

読んだ本の感想と書評を徒然なるままに書いていこうと思います.

城山さんの作品を中心に,経済,歴史小説や理系大学院生らしく理系っぽい本(?)まで幅広く書いていきたいです.

よろしくお願いします.